県大の研究人!<キワメビト>~イマとコレマデとコレカラと~Vol.9
キワメビト第11号 横川 春佳さん(人間文化学研究科 生活文化学専攻 博士前期課程2年生)
筋肉の萎縮と鉄分の働きを明らかにし、健康寿命延長に貢献する
私たちの健康的な生活は食事によって得られる栄養素に支えられています。食事には、体を構成する材料となるタンパク質や脂質、体を動かすエネルギー源となる炭水化物だけでなく、ビタミンやミネラルなどの微量栄養素も含まれます。微量栄養素は筋肉の働きや内臓機能など、目に見えない体内の化学反応に関与していますが、普段の生活の中では実感することができません。横川さんは、実験を通して運動と微量栄養素の一つである「鉄分」の流れから、筋萎縮が起きるメカニズムに迫りました。
Q.取り組んでいる研究について教えてください
私は、骨格筋の萎縮について研究しています。年をとって骨格筋量や筋力が低下すると骨折や寝たきりのリスクが高まります。そうすると、高齢期の自立的な活動ができなくなってしまい、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)の低下を引き起こします。つまり、人々の健康寿命を延長するためには、骨格筋の働きを低下させないことが重要です。骨格筋量はタンパク質の合成量と分解量のバランスによって変動します。
近年、骨格筋量の調節に微量栄養素である鉄が関わっていることがわかってきました。
鉄は、酸素運搬を担う血液成分であるヘモグロビンの構成成分としての働きや、エネルギー生産にも関与している必須の栄養素です。しかし、鉄が筋萎縮を促すことが報告されている一方、そのメカニズムは明らかになっていません。そこで私は、ギプス固定などで見られる骨格筋を使わないことによる筋萎縮への鉄代謝の関与について研究しました。
私の研究では、二つの不活動状態および筋萎縮について生体モデルを使って実験・評価を行いました。ひとつはギプス固定により不活動を誘導したモデル、もうひとつは神経刺激を遮断して不活動を誘導したモデルで、それぞれ一定期間処置を行った後、組織を採取し、分析・評価を行いました。具体的には、細胞内の鉄存在量を調節する鉄関連タンパク質の発現量や、過酸化脂質を定量し、不活動時の骨格筋の鉄代謝動態および酸化ストレスの影響を評価しました。
もっとも苦労したのは主題としている鉄の測定です。鉄は微量栄養素であるため、絶対値を求めることは容易ではありません。そのため、サンプリングするときの温度条件やpHの調整など試行錯誤しました。結論として、ギプス固定による筋萎縮時に非ヘム鉄含量や、鉄貯蔵・鉄取り込みタンパク質の発現増加、脂質過酸化の亢進が認められました。このことから、不活動による筋萎縮の病態形成に、鉄恒常性の破綻と酸化障害が関与している可能性が示唆されました。現在わかっていることはここまでですが、今後、筋萎縮の結果として鉄蓄積が生じているのか、または鉄蓄積による脂質過酸化の影響が廃用性筋萎縮を促すのかその因果関係について明らかにする余地がある研究だと思っています。

▲不活動による筋萎縮と鉄恒常性や酸化障害の関係
Q. 研究室を選んだ理由を教えてください
元々栄養に興味を持ったのは、兄弟が野球をやっていたことがきっかけです。管理栄養士の方が兄弟の野球チームの食生活指導をしていました。人が毎日食事をすることは当たり前ですが、食べるものや食べる時間によってコンディションが変わること、考えて食べることで体の機能が変わることが面白いと思いました。
入学当初は食生活を通して筋肉を大きくすることに興味を持っていましたが、現在は筋萎縮に着目して研究を行っています。運動をする人のために筋肉を増強する方法を考えていくことも重要ですが、人が老いて筋肉が萎縮し、QOLが下がってしまうことは誰にでも起こり得るため、筋萎縮を防ぐことで健康寿命の延伸に貢献できることが魅力である思っています。
Q.博士前期課程に進もうと思った理由を教えてください
博士前期課程に進もうと思ったのは3年生の夏です。中高生の時から実験するのが好きで、夏休みの自由研究などを積極的にするタイプでした。研究内容が面白いというのはもちろんですが、仮説検証を繰り返すプロセスが楽しいと思ったことが大学院への進学を決めた大きな理由です。
学部生の時は4年生まで管理栄養士の資格取得を目指して勉強します。大学院に進むと研究に集中できることが、私にとって魅力的でした。就職後は、研究を通して身につけてきたプレゼンテーション力や、データから現象を正しく理解して説明する力を活かしていきたいと思います。
Q.先生はどんなお人柄?
好奇心が豊かな方だなと思っています。実験の結果が予想と違った時や信頼できるデータが得られなかったときに、どうしてそんなことが起きるのだろう?と少し面白そうにして、一緒に原因を考えてくださいます。また、先生の中の答えや考えをすぐに渡すのではなく、対話する中で先生と私たち学生の考えを深めて、研究の方向性を見つけていくようなコミュニケーションをとってくださるので、相談しやすいです。
Q.先生にヒトコト!
いつも助けていただいてありがとうございます。実験の結果について親身になって一緒に考えてくださったり、研究以外のことも含め、いろいろお話しさせていただいたりして、楽しく充実した研究生活を送ることができました。自分の知らないことや、自分とは違う着眼点でのものの見方を知ることができ、とても勉強になっています。先生との対話の中で得られた気づきや知識を活かして、これからも頑張ろうと思います。
担当の先生に研究インタビュー!人間文化学部 生活栄養学科 東田 一彦 先生
摂る、使う。栄養の流れから運動と健康維持の関係を考える
栄養が運動機能に影響するメカニズムを追って
私の専門は、運動栄養学です。運動栄養学に興味を持ったのは、中学生の時にテレビで栄養とスポーツのパフォーマンスの関係についての研究が取り上げられていたことがきっかけでした。高校進学後、大学卒業直後に着任した体育の先生に卒業研究の話を聞いてみたり、私自身がサッカーやラグビー、柔道など様々な競技に積極的に取り組んでみたりする中で、スポーツに関する研究への興味を自覚していきました。大学に入ってからは、スポーツの歴史や心理学、ジムの経営学など様々な興味深い研究に出会いましたが、運動時に起きる体内の生理学応答が私の関心を惹きました。
運動栄養学では、食べ物と運動時のパフォーマンスの関係について明らかにする研究や、食事によって筋肉を増大しやすくする、または萎縮を防ぐ研究などがされています。スポーツ選手が厳密な食事管理をしているイメージから人を対象にした研究を想像するかもしれませんが、私は細胞の中で起こる生化学的な反応や物質収支について、培養細胞などを用いた基礎研究をしています。いわば、哺乳類全般に共通する細胞内の現象を解明するための研究です。
滋賀県立大学に来るまでは3大栄養素(炭水化物、タンパク質、脂質)を主軸に研究していましたが、赴任して微量栄養素であるビタミンの研究をされていた先生に出会ってから微量栄養素に注目し始めました。鉄分などの微量栄養素は、微量であるゆえに細胞内での働きや運動機能との関係について明らかになっていないことが沢山あります。横川さんの研究のように鉄分が筋萎縮を引き起こすという栄養素のネガティブな働きにも目を向けて、微量栄養素の筋量調節への関与や、ネガティブな働きを誘発する運動状態などについて研究を続けていきたいと思います。
運動の重要性と楽しさの両方を知ってほしい
いろんな身体状況の人がいますが、できるなら運動は生涯続けた方がいいです。運動がもともと好きな人なら趣味として続けると思うのですが、運動は体にいいと頭でわかっていても実際にやる人は少なく、日本ではこの数十年間、3割弱の人しか運動を習慣化していないと言われています。運動内容については鍛える部位や有酸素運動と無酸素運動の両立などを考慮すべきではありますが、やらないよりは体調管理の一環としてできることを一つでもやるべきです。私は、学生に生涯続けられる運動を見つけてもらう、面白いと思いながら取り組める運動の機会を提供する、ということを意識して、健康・体力科学の授業を担当しています。
授業で扱う競技は、技能を要するものや複雑なルールのあるものではなく、走る、投げるといった単純な動きでできるものを選んでいます。そうすることで、高校までに体育に苦手意識を持った人でも友達と楽しみながら取り組めたり、ずっと続けられる運動を見つけるための情報提供になったりするのではないかと思っています。実際、モルックのようなルールと動きが単純で運動負荷もあまり高くない新競技を授業で扱うと、運動が嫌いな学生も友達と一緒にハマってくれることがあります。
また、栄養学の観点でも、継続的な運動は重要な役割をしています。栄養を口にするもの、日々体内に取り込むものとして捉える人は多く、そういった観点での研究も盛んです。しかし、取り込んだものが出ていくプロセス、例えば運動による消費について意識している人は少ないです。取り込んだものが消費されない、蓄積していくことが、生活習慣病の引き金になります。若い間に病気を意識することは難しいと思いますが、取り込んだ栄養が運動によって消費されて体外に出ていく一連の流れを意識すれば、運動習慣の必要性を自ずと感じてもらえると思っています。
【学生さんに一言!】
学びの中で、夢中になるようなもの、好きなこと、ワクワクすることを見つけてほしいです。大学生活は学びを楽しむというよりは単位や資格勉強のことを考えて余裕のない気持ちで向き合うことの方が多いと思います。特に、生活栄養学科での管理栄養士の資格のように、卒業時に国家試験を受験する場合はそうなってしまいがちです。しかし、学ぶべきこととして捉えるだけでなく、興味を傾けられる何かを見出すことで、卒業研究のように一つのことを深く掘り下げて新しい知見を得る活動が面白くなると思います。
また、ある程度カリキュラムは決まっている中でも、教養を身につけるために授業を選ぶことは大事だと思います。滋賀県立大学では、「人間学」に分類されるいくつかの授業で特定単位数を得ることが卒業要件になっていますが、これは学部・学科を問わず興味のある授業を受けることが卒業単位として認められるということなのです。大学という最後の学舎で、学ぶべきことを学ぶだけでなく、学ぶことの面白さに気づくことができれば、きっと人生そのものが充実すると思います。



