県大の研究人!<キワメビト>~イマとコレマデとコレカラと~Vol.8
キワメビト第10号 亀井 文美菜さん(人間文化学部 国際コミュニケーション学科 学部4年生)
心と体を守る、ジェンダー教育の発展を
近年、人の多様性を尊重し、一人ひとりが自分らしい生き方を選べる社会の実現が目指されています。しかし現状では、人が潜在的に持つ「性別」という多様性によって生じる社会的不利ですら十分に解消されているとは言えません。亀井 文美菜さんは、こうした性に関わる問題に向き合いながら、あらゆる立場の人が自らを守るために必要な教育や仕組みについて考え続けています。
Q.取り組んでいる研究について教えてください
私はジェンダー論(ジェンダー学)に強く関心を持っていて、中でも海外と日本の性教育の違いに着目して研究しています。私はアメリカに9ヶ月間留学していたのですが、アメリカでは体に不安を感じた時に相談したり、事情に合わせてサポートをしてくれる組織が大学内にあって、その存在がすぐに目に入るような形で周知されていました。一方、日本では、性教育を話題にすること自体がタブー視されているような雰囲気もあり、体に不安を感じた時の対処法について情報が得られにくい、体のことで困っているというSOSを出しにくい状況にあります。そこで、アメリカに限らず、世界中の性教育の実態について文献調査し、日本の性教育がグローバルスタンダードと比べてどのようなものになっているかを明らかにすることにしました。
研究からわかったことは、北欧・ヨーロッパでは人権意識が高いためか、自分の身を自分で守るための適切な対応についての教育が進んでいることがわかりました。一方で、東アジア圏は、「性について教えると興味を持つから遠ざけるべき」という考え方があり、日本もその延長線としてタブー視する文化ができてしまっていると思います。
また、海外では大学などの教育機関だけでなくNPOやNGOの外部団体が性教育を補助していることも多いことがわかってきました。センシティブな内容にもかかわらず、その専門教員をおくことは難しいですから、外部団体が教材やセミナーなどを提供して性教育を担当するのです。日本も、専門知識を持っている人が、方針を指導したり、講師を派遣したりしてサポートする形であれば導入できるのではないかと考えています。
研究の中では性教育を切り口にしているものの、研究を通して女性を守る社会の仕組みの成熟度も大きく異なることがわかってきました。日本にも、体に不安がある時に助けてくれる団体はありますが、その存在を広く周知されてはいません。地方公共団体が相談窓口を示している場合がありますが、助産師の団体が妊娠・出産の相談窓口を開いていたり、不妊治療の病院の一角に窓口があったりする場合が多く、高校生や大学生が気軽に相談できる場所は限られています。また、日本では対処法そのものが海外と比べるととても少ないという現状もあります。直近の進捗として2026年の2月から緊急避妊薬が処方箋なしで薬局で買えるようになりましたが、海外と比べるととても遅いです。
このような社会課題は、政治、法律、仕組み、世論といった大きな因果の中で起きていることですから、簡単に解決することはできません。それでも、一歩前進できることとして、女性や子供が自分で適切に相談し、対処するための情報が教育の中で誰でも取得できるようになればいいのではないかと考えています。


▲(左) 亀井さんが留学した大学の授業「Diversity and Inclusion」で配られたステッカー。セルフケアやLGBTQ+の権利に関してなどの文言が書かれている。
▲(右)留学先の大学で配っていた性的同意などについての啓発パンフレット
Q. 研究室を選んだ理由を教えてください
興味の傾向が最初から河先生のご研究や授業内容と近くて、自ずとジェンダーの問題という視点に絞られていった、という感じです。高校生の時から、生まれ持った性別によって受ける社会的不利に興味がありました。河先生が担当する多文化社会論などはどれも人の多様性に関する課題に目を向けていて自分の興味にあっていたので、全て受けていました。2年生の前期に受けたプレゼミで、河先生のもとで日本軍「慰安婦」問題の教科書掲載についてグループで研究を行いました。これが、ジェンダーに関わる課題に深く触れた機会だったと思います。そして、2年生の8月から3年生の5月までアメリカ留学に行って、性教育の内容と向き合い方の違いに驚きました。ちょうどタイミングよく、帰国してすぐの3年生の後期に河先生も担当している人間学の「ジェンダー平等をつくる」という授業を受けられたので、日本と海外の性教育の違いに着目しようと決めました。
Q.先生はどんなお人柄?
いつも学生の力になってくれる、視野が広くてお優しい方です。先生のご専門は歴史学で、私のやっているジェンダー論はご専門ではありませんが、関連する研究や活動している人を知っていたり見つけたりすると教えてくださいます。そして教えてもらった情報が、研究を深めるための気づきや視点を変えるきっかけになったりします。また、活動の機会をくださることもあります。滋賀県立大学の男女共同参画の基本計画を改訂するための委員会があり、そこで学長・理事長に学生から意見を伝える機会をいただきました。他にも、ジェンダーに関する課題を知ってもらうためのイベントを一緒に企画してくださったり、大学生活の中でチャレンジしたことのあらゆる場面で河先生のサポートがあったなと感じます。
Q. 今後、チャレンジしたいことはなんですか?
研究を通して、「日本の性教育を見直す必要があるのではないか」という疑問の一石を投じたいと思います。もちろん、教育は政治と法律が強く結びついており、学習指導要領を変えることは簡単ではありません。しかし、自分の体のことで困っている女性、子供、性的マイノリティーといった社会的弱者を守る・減らせる方法として教育が有効であるならば、見直しを検討すべきだと思います。また、こういった意見を政治の世界に届けるために、ジェンダーに関連する課題を一緒に考える仲間を増やしたいと思います。今はまだ、マイナーな社会課題ですが、「意識が高い人」が考える課題ではなくて、私たちにとても身近な課題なのに認知が広まっていないだけだと私は思います。学生の間にやれることは限られているかもしれませんが、社会人になっても地道に仲間作りを続けたいと思います。
Q.先生にヒトコト!
日々、卒業論文を見ていただきありがとうございます。ジェンダーに関連する課題に対して、ここまで活動的になれたのは河先生のおかげです。社会人になっても、学んだことを活かしていきたいと思います。また、一人一人の活動が社会の意識を変えるために重要なことだと思っているので、卒業論文をゴールにせずに問題意識を持ってできることを一つ一つやっていきたいと思います。
担当の先生に研究インタビュー!国際コミュニケーション学科 河 かおる准教授
国と文化、人種、性別の垣根を超えて共生できる社会を「つくる」
目を向けられない問題に触れ、受け取った課題のバトン
私は一橋大学に進学した時点では、特にやりたい研究はありませんでした。しかし、2年生の時に姜徳相(カンドクサン)先生(後に滋賀県立大学教授)と出会い、日本の植民地時代に朝鮮半島で起こっていたこと、そして今もなお続く課題について知ることとなりました。ちょうど私が大学生だった1990年代前半は、1991年に日本軍「慰安婦」のサバイバーが韓国でカミングアウトするなど、日本の植民地支配への責任を問う声が大きくなっていました。こうした時代に姜先生と出会い、ゼミで朝鮮植民地支配について学ぶことで、隣の国のことなのに、何も知らなかったという衝撃と共に、歴史についてより深く知りたいと思い、大学の交換留学の制度を使って学部4年生の時に韓国へ1年間留学しました。
姜先生から受けた教えや、同時代に提起されていた課題を胸に抱えながらも、「自分は何になりたいのか」という問いには明確な答えを持てないまま、修士課程、博士課程へと進学していきました。姜先生は、私の卒業年度に一橋大学をご退職されて滋賀県立大学の教授となられたので、院生の間にご指導いただけたわけではありません。研究者になろうと思っていたというよりも、課題感に突き動かされて研究をしているうちに自分の将来を決めあぐねていたのだと思います。博士後期課程中は結婚や出産などの人生の転機もあり、自分のキャリアを通して女性の生きづらさを感じて、女性史の観点から研究したりしました。
姜先生が滋賀県立大学を定年退職された後、後任として私が人間文化学部地域文化学科に着任しました。着任後は、子どもが小さかったこともあり、近場で調査研究が可能な地域の在日朝鮮人の歴史を研究テーマにしました。他地域に比べて滋賀県の在日朝鮮人の歴史はそれまであまり研究が無かったのですが、姜先生の最後の教え子だった滋賀県立大学の大学院生が先鞭をつけてくれて、私も続けて研究しています。
2012年に国際コミュニケーション学科が設置される際に、地域文化学科から異動しました。国際コミュニケーションというと、日本人が海外で活躍するための、いわゆるグローバル人材育成のイメージが強いと思うのですが、私は、「移民」や「多文化」という視点から日本や世界を学び、足元の滋賀県の歴史や現状も学べることが重要だと考え、カリキュラムを提案し、一部を自ら担当しています。
多様性社会を実現するために学ぶべきことは何か
滋賀県立大学に着任して以来、私は思いがけず、地域に暮らす外国人労働者が抱える問題に深く関わることになりました。2008年末のリーマンショックの時、滋賀県では多くのブラジル人労働者が「派遣切り」に遭い、収入を失いました。その際、私は食糧など生活物資の支援や、経営難に陥ったブラジル学校の支援活動に関わるようになりました。ちょうどその頃に、先述のように国際コミュニケーション学科の新設準備が始まり、私は県立大学である以上、滋賀県内で実際に起きている外国人をめぐる課題に目を向ける学びこそが不可欠だと考えました。その思いは、学科のディプロマ・ポリシーにも反映されています。
現代では、国籍や文化だけでなくジェンダーなどあらゆる個性の多様性を認め、社会を形作る方法が模索されています。私が担当する「ジェンダー平等をつくる」という授業では、「ジェンダー平等」が多くの努力で「つくられて」来たことや、今もその途上にあることを一通り学んだあと、滋賀県立大学で「ジェンダー平等」を「つくる」ためには何が課題で、どういう取組があれば良いかについて、他大学の事例等を調べた上で提案するということを最終課題としています。亀井さんは米国留学前からジェンダーに関心を示していて、留学中のレポートでも、当時(今も)ホットな話題だった人工妊娠中絶を巡るニュースを取り上げていました。帰国後に「ジェンダー平等をつくる」を受講した後、女性の身体をめぐる課題に着目し、包括的性教育をテーマに卒業研究に取り組むと決めて精力的に学んでいきました。
亀井さんが受講した2024年度は、ちょうど大学が第3期男女共同参画推進計画を更新する年だったので、2023年度の受講生の提案を踏まえた、第3期男女共同参画推進計画への学生としての意見書を、亀井さんを含む複数の学生に考えてもらい、直接、大学側に伝える場を設けました。残念ながら目に見える変化はあまりなく、成功体験になったかはわかりませんが、声を届ける機会が作れたのは良かったと思います。自分達が生きてみたい社会の形を、自分で言語化する力、声を届けて行こうとする態度を培うことにつながったと思うからです。声はなかなか届かず、変化も見えにくいかもしれませんが、こうやって一つ一つやっていくしかないと思っています。
【学生さんに一言!】
将来やりたいことやそれに伴うゼミ選びは、たくさん迷って決めれば良いと思います。人生はずっと学びの連続ですが、「学ぶこと」を生活の中心に置ける時間は、実は大学生・大学院生でほぼ最後です。その渦中にいると実感しにくいのですが、振り返ってみると、とても貴重な時間だったと気づくものです。だからこそ、焦らずに、悩む時間も含めて、今の時間を大切に味わってほしいと思います。
そしてもう一つ伝えたいのは、みなさん一人ひとりが「主人公」になってほしい、ということです。大学や組織、そして社会は、最初から完成されたものではありません。誰かが用意した環境にただ身を置くのではなく、「こうだったらいいのに」と思ったことに対して、小さくてもいいので自分がアクションを起こして新しい環境をつくってみることが大事です。大学生活の中では、授業や留学、サークル活動などあらゆることを通して「自分で環境をつくっていく経験」を積み重ねてほしいと思います。



