県大の研究人!<キワメビト>~イマとコレマデとコレカラと~Vol.6

キワメビト第8号 馬場 愛里さん(環境科学研究科 環境動態学専攻 博士前期課程2回生)

馬場愛里さんと山羊の写真社会を担う仲間として畜産動物に向き合う

畜産動物は私たち人間の生活を支える大切な存在です。現代人の目に触れることはほとんどない畜産業や酪農業の現場には未だ労働環境や生産性に関する課題が山積しています。ヤギを研究し、バイトでも牧場に勤務する馬場さんは、畜産現場に寄り添ってヒトと家畜がより良い共生社会を築くためにできることを考え続けています。

Q.取り組んでいる研究について教えてください

私は、未利用資源である果樹の剪定枝(せんていし)を、ヤギなど反芻(はんすう)動物の飼料にすることについて研究しています。剪定枝とは樹木や植物の剪定作業によって切り落とされた枝などの植物残渣(ざんさ)のことで、これを長さ3〜5cm、厚さ2 mmの程度のチップにし、飼料としてヤギに与えてみたところ、牧草と比べると嗜好性がいいとは言えませんが、食べてくれました。

食物が最初に入る胃、ルーメンでは、微生物によって草が発酵、分解されます。このルーメンの中の微生物の状態を、牧草飼料を与えたときと剪定枝飼料とで比較した結果、発酵の様子に特に変化はありませんでした。また、反芻の頻度と時間間隔にも変化はありませんでした。これらの結果から、剪定枝はヤギの体に負担をかけず飼料として与えることができると考えています。

この剪定枝は、滋賀県守山市の梨農園で実際に廃棄されており、それを使うことで、地域の農業現場で生じる未利用資源を活用できるということを実証実験しています。また、木の繊維を細かくする特殊な機械を用いて枝をヤギの飼料にする研究事例はありますが、切断してチップへと加工することで飼料化工程を簡便にしています。これらの要素が、現実的に未利用資源を飼料化することを検討するための手がかりになると考えています。

また、木には消臭効果や菌の繁殖を防ぐ効果があることから、剪定枝を使った研究の中で、敷料化についても検討しました。敷料とは、家畜が畜舎内の硬い床の上で転んだり、座ったり眠ったりした時に体を痛めないために畜舎の床に敷かれる素材のことです。一般的には、わらやおがくずなどが利用されています。このテーマも平行して進めているうちに、牧場でアルバイトしていることも相まって、家畜動物が受けるストレス、そして畜産業を営む人のストレスへの関心が強くなってきました。来年、博士後期課程に進学してからは、精油、いわゆるアロマオイルを使って家畜と畜産業従事者のストレスがどのように変化するかを研究したいと考えています。当研究室で、精油を嗅がせて育てた鶏の肉から精油の成分が検出されたという先行研究もあり、あらゆる側面で精油が家畜に与える変化について評価できると思っています。

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▲梨農家から譲ってもらった剪定枝 ▲剪定枝チップをヤギが食べる様子
Q.研究の中でチャレンジしたことはなんですか?

動物実験は、とても手間と時間がかかります。私は、3頭のヤギに対し1日2回、朝と夕方に飼料を与える際、剪定枝飼料を2週間、牧草飼料を2週間与えることで比較する実験を約1か月に渡り実験を行ったのですが、実験期間中に1頭のヤギが体調を崩し、2頭のデータしか集められなかったことがありました。一般的に、動物への影響を評価するには、最低でも3頭分のデータが必要なことから、もう一度飼料を与える実験をやり直しました。餌を与えるだけでも1ヶ月かかる実験をもう一度やると先生に言い出すのは少し勇気がいることではありましたが、それでもデータが得られるならやりたいと思えました。

給餌をする馬場さん

▲給餌をする馬場さん

Q. 研究室を選んだ理由は?

家畜の研究をやりたいと思った最初のきっかけは、中学校の時に読んだ「銀の匙」という漫画です。この漫画は農業高校を舞台に畜産をメインにしたストーリーとなっています。滋賀県立大学へは畜産系の研究ができるとわかった上で入学したのですが、環境科学部の中で一通り生物や環境について幅広く学んだ上で、それでもやっぱり畜産の研究をやりたいと思いました。

ただ、研究室選びの理由は中川先生との出会いが一番大きいです。2年生の後期にヤギ部に入って、そこで顧問の中川先生に出会い、畜産のことをたくさん教えてもらう中で、先生と一緒に研究をしたいと思いました。もともと大学院に行くつもりはなかったのですが、研究しているうちに大学院に行きたい、博士後期課程まで進学して中川先生と同じアカデミアの道に進みたいと思うようになりました。いわゆる「憧れの背中」というやつでしょうか。

Q.先生はどんなお人柄?

いつも明るくて分け隔てなく、研究以外の雑談なんかも学生に話しかけにきてくださる、気さくな人だと思います。そして、とても学生思いだと思います。大学によっては、指導教員にあんまり会えなかったり、直接教えてもらえなかったりするところもあると思います。うちの研究室は、どの学生も最初は先輩からではなくて中川先生から直接指導してもらえます。先生のお仕事も忙しいと思うのですが、学生のことを優先的に考えていて、学生の実験が遅くなる日は最後まで見てくれます。その親身さが、先生の魅力だと思います。

中川先生と馬場さんがサンプル処理を行う様子

▲中川先生と馬場さんがサンプル処理を行う様子

Q. 先生にヒトコト!

いつもお忙しい中、学生を優先して指導してくださってありがとうございます。これからもたくさん迷惑をおかけすると思いますが、研究者として成長し、先生に追いつき、追い抜かせるくらいの存在になれるように、頑張ります。これからもよろしくお願いいたします。

担当の先生に研究インタビュー! 環境科学部生物資源管理学科 中川 敏法 講師

中川敏法先生の写真「畜産動物 × ナニカ」への探究心を、研究の原動力に

動物実験から成分分析まで、知識と技術の幅を武器に

私は2018年10月に着任したので、滋賀県立大学に来て7年になります。それまでは、キノコや樹木、植物などから特有の成分を抽出し、機能を評価して、食品や化粧品の有効成分としての応用を検討していました。「家畜は?」と思われるかもしれませんが、実はこの時、家畜の研究からは離れていたのです。

私は、博士号取得までは馬場さんにやってもらったようなウシやヤギに木屑などを飼料として与える研究をしていました。しかし、自分の卒業と同時に指導教員が引退したということもあり、これまでと同じような研究ができる環境がうまく見つからず、一所に腰を据えることができませんでした。やっとの思いで博士研究員に採用が決まって、天然由来の機能性成分について5年間研究しました。仕事は多かったですが、根性でこなしているうちにどんどん研究員として力がつけられて、この時はこの時でとても楽しかったです。しかし頭の片隅で、機能性成分の家畜への影響を評価したいという思いがずっとあって、アカデミアの教員になることを目指し始めました。研究員としての仕事と論文執筆の両立はハードでしたが、研究実績を作って、ようやく辿り着いた場所が滋賀県立大学でした。

滋賀県立大学に来て2、3年は思いついたこと、面白そうなことはなんでも飛びついてやってみました。それまでの研究はずっと九州の方でやっていたので、近畿の方には人のつながりがなくて、あるのは前任の先生が残したヒツジ2頭という状態でした(笑)。ウシが飼える環境ではないので、ヤギやブロイラー(食肉用若鶏)を使って琵琶湖の水草やキノコの廃棄菌床などの飼料化について検討したり、趣味でとった狩猟免許を活かして野生シカの肉質分析をしたり、家畜にアロマを嗅がせたり...。しかし気づけば、学生時代に得た家畜についての知識と、研究員時代の成分分析の知識を活かして、幅広く研究テーマを展開する研究のスタイルができていったと思います。

変化に気づくため、目の前のことを大切に

研究員時代も学生さんと関わることはありましたが、大学教員として研究室を運営することを通して自分も「先生らしく」なってきた気がします。学生さんへの研究指導では、些細な変化に気づく観察眼を磨くように伝えています。特に動物の些細な変化は、見逃すと動物の命に関わることもあります。
私はもともと些細な動物の変化に気づきやすいタイプなようなので、私が気になることを学生さんにも共有して、少しずつ意識を向けてもらえるようにしています。もちろん、動物を相手にする研究では、なかなか思い通りにはいきません。失敗することがほとんどです。それでも目の前で起きている些細な変化を見逃さないようにする態度は、どんな仕事をする上でも活きると思います。

目下、私自身の研究に関しても変化を意識すべき正念場だと思っています。研究室を立ち上げて7年、実験機器類などの環境も整ってきました。安定し始めたからこそ気合を入れ直し、研究が行き詰まらないようにしたいと思います。動物実験を主軸に手広く研究するやり方を貫き通せるのかは分かりませんが、馬場さんをはじめ、研究を頑張ってくれる学生とともに新しいことに挑戦し続けたいと思います。

学生さんに一言!

学生の間に、なんでも良いから手当たり次第手をつけてみるといいと思います。面白そうなことは、ルールの範囲内、人に迷惑かけない範囲内で自由にやってみたらいいのです。面白くなさそうなものも、やってみると面白いこともあります。いろいろやってみる中で、自分なりの息の抜き方、遊び方も見えてくると思います。息の抜き方は社会人になってからも自分を休めるために必要なものです。まずは選り好みせずなんでも経験してみると、自分のライフスタイルが見えてくると思いますよ。