県大の研究人!<キワメビト>~イマとコレマデとコレカラと~Vol.5
キワメビト第5号 朝日 萌香さん、6号 藤本 明日花さん、7号 寺本 祐貴さん(人間看護学部4回生)
人々が健康的に暮らせる社会のカタチ
母子保健や生活習慣病予防、感染症対策、災害時の対応など、社会全体で健康的に生活できる人を増やすために公衆衛生活動は必要不可欠なものです。朝日さん、藤本さん、寺本さんは、看護師または保健師として一人一人の患者さんに向き合うことに加え、医療と地域社会のつながりに興味を持ち、研究を進めようとしています。
Q.研究室を選んだ理由は?
- (寺本)
元々、人のために直接役に立てる仕事がしたくて人間看護学部に入ったのですが、入学してから保健師という仕事を知りました。看護師は病気の方々に向き合う仕事ですが、保健師は、地域の人と関わりながら病気を予防していく仕事だと知り、保健師を志望することにしました。それから、公衆衛生について詳しく知識を深めたいと考え、保健師の指導をされていて公衆衛生についても研究されている馬場先生のゼミを選びました。 - (朝日)
看護は、機械や人工知能で置き換えることが難しい、人の手でしかできない仕事だと思っています。私は保健師の課程をとっていないのですが、人々に医療を届けるためにできることを広く捉えると、自分が興味を持っていることが公衆衛生に関連していると感じたので、馬場先生の研究室を選びました。 - (藤本)
私はすでに看護師の資格をとっているのですが、保健師の資格をとるために3年次編入をしました。第一には看護師になることを目指していますが、社会の中で医療を必要とする人々に目をむけることを学び、将来役に立てたいと思って馬場先生のゼミを選びました。
Q.取り組んでいる研究について教えてください
- (寺本)
僕のテーマは「南海トラフ地震で被害が想定される都道府県の災害時公衆衛生活動における直接的支援についての文献検討」です。直接的支援とは避難所や自宅で過ごす被災者の健康を守るための見回りや手当のことです。被災地では、避難所での感染症の流行やエコノミークラス症候群を予防しなくてはなりません。各都道府県の自治体が出している保健師用のマニュアルから各地で求められる活動の特徴を読み取ろうと考えています。 - (朝日)
私のテーマは「子宮頸がんの予防に使われる、HPVワクチンに対する認識の実態に対する文献検討」です。HPVワクチンは日本では2013年から定期接種に指定されていたものでしたが、2016年ごろから副反応の危険性が指摘され、積極的に勧奨しない風潮となりました。その後、効果と副反応について検討が進み、今は接種を推奨しています。
一方で、接種率は現在も大きく向上はしていません。メディアや報告書などに掲載された意識調査結果などから、HPVワクチンをめぐるここ10年の政策や人々の認識を俯瞰することで、今後のHPVワクチン普及に向けて役立つことが見えてくるのではないかと考えています。 - (藤本)
私は「若年妊婦が医療機関受診に至るまでの支援に関する文献検討」をテーマにしています。若年妊婦とは、10代の妊婦さんのことです。元々児童虐待について調べようと思っていたのですが、虐待児の死亡事例は0歳、0ヶ月、0日、すなわち医療機関に受診せずに一人で産み落としをした人の子供が最も多いことがわかりました。このことから、若年妊婦に目を向けて、妊娠した時に相談できる方法を調べようと考えました。研究や調査はあまりされていませんが、そういったことについて匿名で相談できる機関や若者の居場所を提供するNPO法人などの報告書を探して、まとめようと考えています。
Q. 人間看護学部の学生さんは長期の臨地実習があると思うのですが、いつ研究するのですか?
- (朝日)
看護師の資格をとるための臨地実習は大きく分けて2回あります。3回生の後期の実習では実際に患者様を受持たせていただき、その患者様のためのケアを学びます。4回生の実習では看護師さんの業務に同行して、複数の患者様のケアの優先度の判断や安全への配慮、時間管理などについて学びます。人にもよりますが、4回生の実習は7月末くらいに終わります。なので、私は8月の頭から本格的に研究を進めています。 - (寺本)
保健師の資格をとる課程をとっている人は、お盆明けから9月後半または9月末から10月末で実習があります。保健所や市役所に行って、市の事業の参加や見学、保健師さんによる家庭訪問、街を回って住民の話を聞く地区踏査などに同行します。 - (藤本)
私はお盆明けから9月後半に保健師の実習に行ったので、実習に行くまでと、10月以降が研究に充てられる時期になります。資格取得に向けた国家試験対策もしなくてはいけないですし、卒論提出が12月初めと早いので文献調査を中心に研究を進めていきます。
Q. 先生にヒトコト!
- (朝日、寺本、藤本)
馬場先生は何かと学生のことを気にかけて、優しく向き合ってくださいます。まだ卒業研究は本格化していませんが、テーマを決める時も、興味のあることからテーマになるように沢山相談に乗っていただきました。引き続き、保健師の実習と卒業研究でよろしくお願いいたします。
担当の先生に研究インタビュー! 人間看護学科 馬場 文 准教授
イキイキとした地域づくりに不可欠な「心の交わり」
健康増進活動の意義を研究で可視化
私はもともと、滋賀県の保健師として働いていました。保健師は、公衆衛生看護活動として、地域の人々の生活の実態や健康状態を捉える地域診断、妊娠期からの母子保健活動や児童虐待防止、生活習慣病対策、感染症対策や災害対策などの健康危機管理など地域全体の健康増進に貢献する仕事です。
私が「研究」と出会ったのは、パーキンソン病の方が集って情報交換したり、手足を動かすストレッチをしたりする自助グループの教室を運営していた時でした。参加者が固定化し、教室を続ける意義が問われていたのです。どうにかして教室の価値を評価できないかと思っていた頃、滋賀県立大学で質的研究に関する外部向けのセミナーが開催されることを知り、参加しました。そこで、患者さんにインタビューをすれば、これまで明確になっていなかった教室の価値が見えてくるかもしれないと気づきがもらえたのです。
当時、滋賀県立大学で保健師教育を担当している先生にパーキンソン病の方向けの教室のことについて相談したところ、研究として価値の可視化に一緒に取り組んでくださることになりました。教室参加者に教室に来ている理由や意味を聞いたところ、病気の進行に対する不安や生活の困りごとについて、同じ病気を持つ人と関わることで解消されている部分があることがわかりました。
このように、保健師の活動の必要性を可視化し、報告書としてカタチにできたことがきっかけで研究に興味を持ったのです。そのことがあってから数年後、人間看護学研究科修士課程(大学院)が開設されました。研究指導していただいた先生からお誘いいただいて、滋賀県立大学で修士をとったのです。
それからご縁があって助手として働かせていただくことになり、今に至ります。保健師の仕事は私にとってやりがいのある仕事で、気がついたら保健師の活動意義について考えたり、より良いやり方を考案したりする立場になっていたという感じです。
"行政"による支援を届ける、"人"としての寄り添い方
看護師は患者さんと接して仕事をするイメージがすぐに思い浮かべられると思うのですが、保健師も統計データを眺めるだけの仕事ではありません。新生児を育てる家庭への訪問や、担当地域に出向いて生活状況や生活環境について聞き込みをする地区踏査など行い、あらゆる面から「地域を捉える」ということをします。授業や実習では学生さんにそのイメージを伝えることに力を入れています。
また、保健師という行政機関の一員が人の生活に介入することはしばしば難しい場面があります。例えば、児童虐待のある家庭へのサポートです。関わることで事態が良くなることもありますが、家庭の状況が複雑だと、行政に対する不信感から支援を拒絶されることがあります。
保健師も人間ですから、こどもの身を考えると憤りや無力感を感じる時さえあります。しかし、養育者にもDV被害や自分の親との関係の複雑さ、貧困など、虐待に至る要因が重なっているのです。これを理解するためにも、親ができていないこと、例えばこどもの定期健診の未受診などを事実として突きつけるのではなく、人として寄り添っていくコミュニケーションをとることが重要になります。
私が研究の中で目指していることは、養育者に対して私たちが心配していると伝え、一緒に解決するための対話による方策を見出すことです。
対話を通して一歩ずつ地域の健康増進に貢献する。今後の研究では、そんなふうに活動する保健師の仲間を一人でも増やせたらと思っています。また、滋賀県立大学の学生さんを立派な保健師として世に送り出すことは、これまでもこれからも変わらず、使命感を持ってやっていきたいと思います。
学生さんに一言!
私が所属する公衆衛生看護学領域のゼミで取り組まれている卒業研究のテーマは、多岐にわたっています。母子保健、生活習慣病対策、災害時の保健師活動、がん予防・がん対策、産業保健、学校保健、高齢者の介護予防に関すること、難病対策、医療機関と地域の連携など、学生さん自身が興味や関心のあることに沿って卒業研究のテーマを決めています。
人間看護学部では4回生にも臨地実習があり、特に保健師課程の4回生は8月から10月にわたり市町村や保健所での実習があるため、卒業研究のスケジュールがタイトになる傾向があります。そのため、公衆衛生看護学領域では文献研究に取り組む学生が多い現状です。先行研究の知見を一定の視点でまとめ、どのようなことがどこまで明らかになっているのか丁寧に調べていくことは、これも立派な研究です。
学生のみなさん個々の、これまでの学習や実習体験を通じて疑問や関心が生じたこと、深く掘り下げて調べたいことを大切にして、卒業研究のテーマにしていただきたいと思います。
私が卒業研究で担当する学生さんと関わるのは4回生の4月から12月までと限られた時間です。はじめはぼんやりしていた研究テーマを、文献を少しずつ読み解き、ゼミ生や教員間で意見交換する中でだんだん絞り込んでいくプロセスや、テーマと目的に沿って文献を収集し、その中からどのようなことを見出せるのか悪戦苦闘するプロセスなど、それぞれ私も一緒に悩んだりヒントを出しながら進めています。
就職活動、実習、国家試験対策も並行しながらの卒業研究で、「本当にちゃんと卒論書けるかな・・・」と心配を口にする学生さんもいますが、こつこつ取り組んでいけば必ず書けます! 一緒に頑張りましょう!



