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環境生態学科丸尾教授らの共同研究グループが琵琶湖の謎のメタン濃集水塊の形成メカニズムを解明しました

2020年08月05日
 

 

琵琶湖の謎のメタン濃集水塊の形成メカニズムを解明

 

 琵琶湖をはじめとした世界各地の中栄養・貧栄養の湖沼では、夏季になると亜表層(水深10メートル付近)にメタン注1)を濃集した謎の水塊が出現することが、古くから知られていました。水中では不安定なはずのメタンが亜表層に濃集するのはきわめて不自然であり、多くの研究者がその形成メカニズムの解明に挑戦して来ました。名古屋大学大学院環境学研究科の角皆 潤教授、中川 書子准教授らと、滋賀県立大学環境科学部の丸尾 雅啓教授の共同研究グループは、メタンの同位体含有率注2)がその生成過程を反映して自然界で大きく変化する点に着目し、湖水はもちろん、沿岸域や流入河川、湖底堆積物中のメタンの中に含まれる炭素と水素の同位体含有率を、その季節変化を含めて精密に測定しました。その結果、夏季に亜表層に濃集していたメタンの大部分は、沿岸域に広がる堆積物中で生成されたものであることが明らかになりました。つまり、水深の浅い沿岸域の堆積物中で生成し、直上の湖水中に放出された高濃度のメタンが水平に広がったことで、亜表層に濃集したように見えていたものと考えられます。また、深層ではきわめて不安定なメタンが、亜表層では安定化してほとんど分解されなくなることも、同時に明らかになりました。

 温室効果気体として知られ、湖沼水中に豊富に存在するメタンは、植物プランクトンから放出されているとするメタンの植物起源説注3)が近年脚光を集めていますが、本研究は、その寄与は極めて小さいことを明らかにしました。メタンの植物起源説には決定的逆風となるでしょう。また水中に溶存するメタンの同位体含有率を指標としてその起源を解明する本研究手法を応用することで、メタンハイドレート等の海底資源探査にも貢献することが期待されます。

 この研究成果は、2020年7月28日付けで国際陸水・海洋学会(The Association for the Sciences of Limnology and Oceanography)の学術誌「Limnology and Oceanography」オンライン版に掲載されました。また、この研究は、平成29年度から始まった文部科学省科学研究費補助金(基盤研究A)の支援のもとでおこなわれたものです。

 

【ポイント】

・世界中の多くの湖沼で、夏季になると、亜表層(水深10メートル付近)にメタンを濃集した水塊(図1に示した「謎のメタン濃集水塊」)が出現することが観測されてきたが、その形成メカニズムは明らかになっていなかった。

・同位体含有率の比較から、「謎のメタン濃集水塊」の中のメタンの大部分は、沿岸域に広がる堆積物中で生成したものであることが明らかになった(図2)。水深の浅い沿岸域の堆積物中で生成し、直上の湖水中に放出されることで形成されたメタンに富む水が水平に広がったことで、亜表層に濃集したように見えていたものと考えられる(図3)。

・深層水中ではきわめて不安定で、すみやかに酸化分解されるメタンが、亜表層水中では安定化してほとんど分解されないことも、同位体含有率から明らかになった。

 

【研究背景と内容】

 琵琶湖をはじめとした世界各地の中栄養・貧栄養の湖沼(湖水は酸化的)では、夏季になると亜表層にメタンを濃集した水塊(図1)が出現することが、古くから知られていました。メタンは湿地や水田といった還元的な環境(酸素が一切存在しない環境)下で活発に生成される物質ですが、湖水のような酸化的な環境下では不安定で生成することはありえないため、多くの研究者が、亜表層に出現する「謎のメタン濃集水塊」の形成メカニズムの解明に挑戦して来ました。特に近年では、植物プランクトンが、酸化的な環境下でもメタンを副次的に生成するとの「植物(プランクトン)起源説」がにわかに台頭し、このような植物プランクトンから放出されたメタンが亜表層水中に濃集水塊を形成したとする説も提唱されていますが、反対意見も多く、結論が出ていませんでした。

 

 そこで名古屋大学大学院環境学研究科の角皆 潤教授、中川 書子准教授らの研究グループは、メタンの同位体含有率がその生成過程と、その後に受けた分解を反映して自然界で大きく変化する点に着目し、滋賀県立大学の丸尾 雅啓教授と共同で、湖水はもちろん、沿岸域や流入河川河口域、さらに湖底堆積物中のメタンの中に含まれる、炭素と水素の同位体含有率を精密に測定して指標とすることで、亜表層に出現するメタン濃集水塊の形成メカニズムの解明に挑戦しました。メタンの同位体含有率定量、特に水素の同位体含有率の定量は極めて難易度が高く、琵琶湖のような酸化的な水環境に溶存するメタンについて水素の同位体含有率が報告されたことは過去にありませんでしたが、名古屋大学の世界最高レベルの感度の質量分析システムを使うことで、これに成功しました。

 

 その結果、「謎のメタン濃集水塊」の中のメタンの大部分は、沿岸域や河口域に広がる堆積物中で生成されたものであることが明らかになりました(図2)。水深の浅い沿岸域や河口域の堆積物中で生成し、直近の湖水中に放出されることで形成されたメタンに富む水が水平に拡散したことで、亜表層に濃集したように見えていたものと考えられます(図3)。さらに深層水中ではきわめて不安定なメタンが、亜表層水中では安定化してほとんど分解されなくなることも、同位体含有率から明らかになりました。図1

図1 琵琶湖の湖心部におけるメタン濃度分布の時間変化(横軸:日時、縦軸:深さ)。赤色がメタンの濃集水塊を示しており、夏季に水深10メートル付近に現れるのが「謎のメタン濃集水塊」である。

図2

図2 「謎のメタン濃集水塊」(水深10m)を含めた湖心部の湖水(青色)と、河口域・沿岸域の湖水(緑色)および湖心部の湖底堆積物(赤色)のメタン同位体含有率(横軸)比較。メタン同位体含有率はメタンの酸化分解を補正したΔ(2,13)指標で示す。「謎のメタン濃集水塊」は河口域・沿岸域、中でも日野川や安曇川等の河口域周辺に由来する可能性が高いことが明らかになった。

 

図3

図3 「謎のメタン濃集水塊」の形成メカニズム。沿岸域や流入河川の河口域に広がる還元的な堆積物中で生成され、直上の湖水中に供給されたメタンが、等密度面に沿って水平に移流・拡散した。一方、表面水中のメタンは大気に放出されて減少し、また、中深層水のメタンは微生物による酸化分解で減少するため、メタン濃集水塊は亜表層に限って観測される。

 

【成果の意義】

 湖沼でも、植物プランクトン起源のメタンの寄与は極めて小さいことが明らかになったので、メタンの植物起源説には決定的逆風となるでしょう。また、今回の結果から表層水中における酸化分解が無視出来ることが明らかになったので、堆積物における生成から大気への放出に至るメタンの流れの定量化が容易になり、湖沼(の変化)が地球温暖化に与える影響を考える上で有用な知見となります。さらに水中に溶存するメタンの同位体含有率を指標としてその起源を解明する本研究手法を応用することで、メタンハイドレート等の海底資源探査にも貢献することが期待されます。

 

【用語説明】

注1)メタン:化学式はCH4である。都市ガス(天然ガス)の主成分であり、化石燃料としても重要な物質であるが、大気中では主要な温室効果気体である。一般に、湿地や水田といった還元的な環境下で生成するが、酸化的な湖水中では不安定で生成することはありえず、微生物によって酸化分解されると考えられて来た。

 

注2)メタンの同位体含有率:メタン(CH4)を構成する水素(H)の大部分は質量数1の水素原子(1Hと表記)であるが、中性子が1個多い質量数2の水素原子(2HもしくはDと表記)が0.02%前後混在する。1Hと2Hはいずれも安定な原子核ではあるが、質量数2の水素原子が水素全体に占める比率(同位体含有率もしくは同位体比と呼ばれる)は、 メタンが関係する反応(有機物からのメタン生成反応や、メタン生成後の酸化分解反応など)において微小に変化する。これは炭素(C)を構成する二種の炭素原子(12C・13C)の間でも同様であり、やはりメタンが関係する反応において、同位体含有率が微小に変化する。そこでメタンの中の水素全体に2Hが占める比率(水素同位体含有率)と、炭素全体に12Cが占める比率(炭素同位体含有率)をあわせて「メタンの同位体含有率」と呼び、メタンの生成過程や生成後の酸化分解率の指標などとして活用されている。

ただし、メタンの同位体含有率定量、特に水素の同位体含有率の定量は極めて難易度が高く、琵琶湖のような酸化的な水環境に溶存するメタンについて水素の同位体含有率が報告されたのは、本論文が世界初の快挙である。またメタンの同位体含有率は、その生成過程以外に、生成後に受けた酸化分解の両方を反映して自然界で大きく変化するが、本論文では、水素同位体含有率と炭素同位体含有率を組み合わせて解析することで、酸化分解の影響を補正し、生成過程の異同だけを反映する新しい指標(Δ(2,13))を開発して活用したことで、「謎のメタン濃集水塊」の形成メカニズム解明に成功した。

 

注3)メタンの植物起源説:メタンは一般に、酸素が一切存在しない還元的な環境下でのみ生成し、酸素のある環境下では不安定で、徐々に酸化分解されると古くより考えられて来た。ところが2006年にマックス・プランク研究所(ドイツ)のKepplerらの研究グループが、陸上植物(光合成を通じて酸素を生成・放出しており、従来の常識ではメタンを生成することはあり得ない)が大量のメタンを生成して大気中に放出しており、その総量は、地表から大気への総メタン放出量の1/3前後に達するとNature誌上で報告し、大きな衝撃を与えた。その後、陸上植物に関しては、Kepplerらの見積もりは過大で、植物からのメタン放出があるとしても、その量はかなり小さいとする主張が大勢を占めているように見えるが、2008年にハワイ大学のKarlらが、水環境に生息する窒素固定細菌(植物プランクトンの一種)が、副次的にメタンを放出する可能性を指摘し、議論の舞台は海洋や湖沼といった水環境下のメタンに移行した。そしてLenhartらが室内培養した円石藻(植物プランクトンの一種)から有意なメタン放出を報告し、さらにBižićらが、やはり室内培養した窒素固定細菌から有意なメタン放出を報告したことで、古くから「謎のメタン濃集水塊」として知られていたものが、「植物起源説」で説明出来る可能性が指摘されるようになった。そして2014年にはBogardらがカナダの湖沼における観測から、さらに2017年にはDonisらがスイスの湖沼における観測から、「謎のメタン濃集水塊」を量的に説明するには現場の酸化的水中における生成が不可欠であると結論付け、「謎のメタン濃集水塊」は植物プランクトンからの放出により形成されたとする「植物起源説」が活気づいた。その一方でDonisらの計算は根本部分で間違っており、沿岸等からの移流など他からの流入で十分説明出来るとの主張もあり (Peeters et al. 2019)、「メタンの植物起源説」の真偽や規模について世界的に議論が沸騰している。

Bižić, M., T. Klintzsch, D. Ionescu, M. Y. Hindiyeh, M. Günthel, A. M. Muro-Pastor, W. Eckert, T. Urich, F. Keppler, and H.-P. Grossart. 2020. Aquatic and terrestrial cyanobacteria produce methane. Science Advances 6: eaax5343, doi:5310.1126/sciadv.aax5343.

Bogard, M. J., P. A. Del Giorgio, L. Boutet, M. C. G. Chaves, Y. T. Prairie, A. Merante, and A. M. Derry. 2014. Oxic water column methanogenesis as a major component of aquatic CH4 fluxes. Nature Communications 5: 5350, doi:5310.1038/ncomms6350.

Donis, D., S. Flury, A. Stöckli, J. E. Spangenberg, D. Vachon, and D. F. Mcginnis. 2017. Full-scale evaluation of methane production under oxic conditions in a mesotrophic lake. Nature Communications 8: Article number: 1661.

Karl, D. M., L. Beversdorf, K. M. Björkman, M. J. Church, A. Martinez, and E. F. Delong. 2008. Aerobic production of methane in the sea. Nature Geoscience 1: 473-478.

Keppler, F., J. T. G. Hamilton, M. Braß, and T. Röckmann. 2006. Methane emissions from terrestrial plants under aerobic conditions. Nature 439: 187-191.

Lenhart, K., T. Klintzsch, G. Langer, G. Nehrke, M. Bunge, S. Schnell, and F. Keppler. 2016. Evidence for methane production by the marine algae Emiliania huxleyi. Biogeosciences 13: 3163-3174.

Peeters, F., J. E. Fernandez, and H. Hofmann. 2019. Sediment fluxes rather than oxic methanogenesis explain diffusive CH4 emissions from lakes and reservoirs. Scientific Reports 9: 243, doi:210.1038/s41598-41018-36530-w.

 

【論文名】 

掲載雑誌:Limnology and Oceanography(国際陸水・海洋学会の学会誌)

論文名:Dual stable isotope characterization of excess methane in oxic waters of a mesotrophic lake(中栄養湖沼の酸化的な湖水中に見られる高濃度メタンの炭素・水素同位体組成の特徴)

著者:Urumu Tsunogai1, Yuko Miyoshi1, Toshiyuki Matsushita1, Daisuke D. Komatsu1,*, Masanori Ito1, Chiho Sukigara1,$, Fumiko Nakagawa1, Masahiro Maruo2(角皆 潤1, 三好友子1, 松下俊之1, 小松大祐1,*, 伊藤昌雅1, 鋤柄千穂1,$, 中川書子1, 丸尾雅啓2)(1.名古屋大学,2. 滋賀県立大学,*現在:東海大学,$現在:東京海洋大学)

公表日:日本時間(現地時間)2020年7月29日(7月28日)

DOI:10.1002/lno.11566

 

 

滋賀県立大学

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