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中国留学レポート

環境科学部  藤井 暢之さん

交換留学レポート 海南大学(中国海南省海口市)

1.はじめに
 自分が留学することになるなんて、出発する半年ほど前までは全く考えていませんでした。私は3回生後期に留学しました。この時期は本大学での授業数も少なく、アルバイトの時間でも増やそうかと考えていました。そんなときにこの留学の話を知りました。これは大きなチャンスであると感じました。大学生の今しかできないことだということが、留学を決意した一番の理由でした。結果、留学して本当に良かったと思っています。
 私が行った場所は、緯度がハワイとほぼ同じでベトナムの東に位置する、大きさが九州ほどの海南島という、リゾートの島にある大学です。大学から最寄りの海口美蘭国際空港に降り立ったとき、まず常夏の島に来たということが感じられました。実は、この常夏の島に行けるというのが留学を決めた理由の一つでもありました。

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2.現地での生活
 私は、すでに授業が始まっている時期(中国の授業は9月始まり)に、途中から入る頂く形で海南大学に在籍させて頂きました。そのため、特に単位取得のため授業に参加したということはありませんでした。
 では、何をしていたかと言いますと海洋学院のサンゴ研究室に所属し、サンゴ等の世話や実験をしました。朝、研究室に行って熱帯魚にえさをやり、水槽の掃除や水質の測定をするというのが、次第に日課のようになっていきました。サンゴ内に生息する共生藻類に関する実験や、サンゴの産卵実験なども行いました。
 その他、友達を作るためにとの現地の先生の配慮で授業に参加させて頂いたり、友達にクラブ活動を紹介してもらったりして、たくさんの方とつながりができました。
 現地で中国語の授業をとっていたわけではなかったため、すごく中国語が上達したということはありませんでした。しかし、日本で学んだ中国語が現地ではあまり通じなかったり、日常で中国語を聞ける環境にいられたことで耳が慣れてきたりと、海外に行って初めて経験できたことがたくさんありました。
 食事は主に大学内の食堂で食べました。味が口に合わないものもありましたが、いろいろ食べていくうちに好きなものもたくさん見つけました。また、大学内の果物屋にも毎日のように通いました。常夏の島だけあってたくさんの果物があり、とてもおいしかったです。

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3.中国の印象
 3.1 学生
 中国に行って初めて出会った二人の学生はとても英語が上手でした。そのため、中国人はどれほど勉強しているのだろうかと驚きました。その後、たくさんの学生と知りあっていくうちに、英語の苦手な学生もいて正直安心しました。しかし、初めの印象は間違いではなかったことを気付かされました。
 ある日、大学内の図書館に行ったとき、まだ朝早くだというのに机は学生でいっぱいでした。かなり大きな図書館だったので、各階で座れる場所を探し回りましたがどこも空いていませんでした。そして彼らは黙々と勉強をしていました。このような光景は今まで見たことがなかったので衝撃的でした。
 現地で中国の学生が、留学をしたくても私は頭がよくないからできないということを聞きました。それだけ競争が激しいのだと思いました。自分は立候補しただけで中国に来られたと言ったらとても驚いており、とくに制限もなく留学できた自分は幸運なのだと感じました。
 大学構内を歩いていても、英文の音読等をして勉強をしている姿を普通に見かけることができました。また、独学で勉強して日本語を話せるという学生にもたくさん出会いました。このように、中国人の学生はとても勉強熱心であるという印象を受けました。
 大学では、運動会やダンス大会、コスプレパーティーなどたくさんのイベントがあり、騒いだりするのが好きな印象もありました。このように、オンとオフの切り替えをうまくしているように感じました。

 3.2 日中関係
 私が行った時期は、尖閣諸島のデモが一番激しかった時期から1カ月ほどが経ったときでした。ですので、行く前は日本人ということで何か問題が生じるのではないかと多少の不安はありました。しかし、現地で生活した期間で、日本人ということが問題になったことは一度もありませんでした。それどころか一度知りあうと、こちらから頼まなくてもいろいろと手助けをしてくれました。時には領土問題や過去の事例など、日中間の問題について話してくる人もいましたが、それは今後の関係をよくするためだと言っていました。中国人の友達から聞いた話だと、若い人は漫画などを中心に日本にいい意味で興味がある人が多いが、年齢が上の人は日本にあまりよい印象を持っていない人が多いと言っていました。

 3.3 大学の外にて
 現地の交通手段としてバスを多く利用しましたが、よくこんな光景を目撃しました。お年寄りの方が乗車した瞬間、すぐに誰かが立って席を譲るのです。この年配者を敬う文化は日本よりも根付いていて、とてもいいものだと感じました。
 ただ、道路は車やバイクであふれ、常にクラクションが鳴り響いていました。バスに乗っていても急発進・急停車は当たり前で、とても危険に感じました。海外を訪れて初めて日本のよさを感じた瞬間でした。
 道路を横断する時も、ビュンビュンと車が通る中をうまくタイミングを見つけて渡らなければならず、慣れるまでは怖かったです。

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 4.帰国後
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 帰国後の今でも、インターネットを通じて中国の友人たちと連絡を取り合っています。その中でうれしかったのが、日本語の勉強を始めたという人が何人もいたことです。日本と中国の小さな懸け橋になれたような気がしました。
 そして自分も中国語の勉強を続けています。今まで中国語を勉強してきたのは単位取得のためでしたが、今は違います。中国の友人たちは口をそろえて将来日本に来たいと言っていました。いつか彼らと再会することが楽しみでなりません。そのときまでに中国語をもっと勉強し、中国語で会話できるようになる、これは今回の留学で持って帰ってきた宿題です。留学をしたことで、大きく成長できたかは分かりませんが、世界が広がり、これからの人生楽しみなことが増えたとは胸を張って言えます。

(2013年5月)

滋賀県立大学

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