平成24年度学位記授与式式辞

平成24年度学位記授与式式辞

 本日ここに、嘉田由紀子滋賀県知事を始め、来賓の方々をお迎えして、平成24年度公立大学法人滋賀県立大学、ならびに滋賀県立大学大学院の学位記授与式を挙行できますことは、本学にとって誠に大きな慶びであります。
 学部卒業生、大学院博士前期課程と修士課程修了者の皆さん、卒業・修了おめでとうございます。また皆さんを励まし、支えてこられた保護者ならびにご家族の皆様に心からお祝い申し上げます。
 さて、学部卒業生558名の皆さんのうち、大学院への進学者は22%、122名です。また大学院修了者は101名で、博士後期課程への進学者は10名です。差し引きしますと、卒業および修了者の80%の皆さんは、公務員、看護専門職、さらに多くは、民間企業における職業人としてのキャリアを踏み出すことが決まっています。
 この十数年、大学の人材養成に対する社会的ニーズは大きく変わってきており、社会ですぐ役に立つ知識や技術を身に付けて、即戦力となる実用的な人が求められるようになってきました。
 本学においても、すぐ役に立つ知識や技術を皆さんは勿論学んできました。それと同時に、その知識や技術を支える基礎理論と方法論を学んできました。さらに、卒業研究や全学共通教育において、自ら学び、深く考える力を養ってきました。一方、近江楽座などの地域活動チームに加わり、県内各地や震災復興地において、地域課題への取り組みや、人々との繋がり方を学んできました。
 さてこうして身に付けたもののうちで、自ら学び、深く考える力や課題を解決する力、あるいは人との繋がり方は、生涯にわたって皆さんの支えになります。また基礎理論や方法論もこれから当分の間、おそらく20年や30年は役に立つでしょう。ところがこれらとは違って、社会ですぐ役に立つ知識や技術というものは、概して長持ちしません。多くはすぐに役に立たなくなるのです。
 特に今日のように、各国において技術革新が急速に進み、互いに競争しあう世界の流れの中においては、その時その時に必要となる知識や技術を、その都度獲得していかねばなりません。その際に、どのような知識や技術を獲得するかについては、自分が属している分野と、それを包む社会全体の動向を見据えることが大事です。これには相当の俯瞰力が必要となります。
 さてその俯瞰力ですが、一流のサッカー選手には、同じピッチにいる敵味方の選手の位置や動きが把握できていて、自分の出すパスの行方が二手先まで読めるのだそうです。それほどの俯瞰力を練習によって身に付けるのだそうです。しかし私達はそうはいきませんので、一般的には次の三つの方法によって状況を俯瞰します。その一つは自分の分野の現状を時の流れの中に置いて、歴史的観点から見つめることです。二つ目は、自分とは異なる専門分野から眺めてみることです。三つ目は、海外からあるいは異文化の中から見つめることです。
 特に三つ目は大事で、大変効果的だと言われています。本学在学中に海外留学や海外研修を経験した人は、外国との比較によって、日本の文化や歴史や我々の考え方の特徴を、一層深く理解できたと全員述べています。したがって、より多くの皆さんが、本学で学んだ語学の力をこれからも伸ばし続けて、積極的に海外に出られることをお勧めします。
 さてこのような俯瞰的な見方は、あたかも地球儀を眺めるような見方であって、自分が到達すべき次の目的地を見いだすには極めて有効です。しかしそこへ自分を運んでいく段になると、地球儀はあまり役に立ちません。目的地に向かう途中での緯度経度の経時的な修正、すなわち時点修正をするのに地球儀は不便だからです。これに向いているのはメルカトール図法の地図あるいは海の地図、海図です。
 私の研究分野は、本学では琵琶湖環境化学ですが、その前は海洋化学でしたから、観測船に乗って、太平洋の観測調査にしばしば出かけました。船の操縦は、船内で一番高いところの操舵室で行いますが、その後ろには海図室と呼ばれる部屋があります。海図室では、海図をテーブルに広げて現在地を確かめ、さらにこれから進む方向を正確に定めて、操舵室に伝えます。ここで使われるのがメルカトール図法の海図です。
 メルカトール図法は地球儀を円筒に投影したもので、経度緯度は直角に交わるように作図されています。私たちが普段最もよく目にするものですが、この図法では、陸地の面積は両極に近づくほど広がり、グリーンランドの面積は実際より17倍にも拡大されています。
 またこの地図を見ますと、大阪の真東はロサンジェルスに当たります。したがって関西空港を真東に向けて飛び立った飛行機は、そのまま進んでロサンジェルスに着くと考えるのですが、実際には、赤道を越えて南半球のサンパウロに着いてしまいます。船も同様で、大阪港を出港したところで、船首を真東に向けて舵を固定しておきますと、ロサンジェルスどころか、南米はペルーのリマに着いてしまいます。
 おかしなことのように思えますが、実際の地球は球体ですから、大阪を接点とする東西方向の接線を東に延長すると、南半球上空に達するわけです。このような球体との食い違いがあるにもかかわらず、メルカトール海図は大航海時代を含めて450年近くにわたって、世界の海を行き来する船の航海に使われてきました。その最大の理由は、海図上にプロットした、現在地と目的地を結ぶ直線を辿りさえすれば、目的地に船を導けるようにできているからです。
 しかし実際には、強い海流を避けたり、島を避けたり、またある時には嵐を避けるなど、時に臨んで、必要な進路修正をしなければなりません。この時点修正のための舵切りが、大変大事な操作になります。
 本学を卒業・修業し、これから職業を通して社会と関わっていく皆さんは、不断に俯瞰力を鍛えて、向かうべきところをしっかりと掴んで下さい。そのうえで、時に臨んで必要となる新しい知識や技術を獲得して、時点修正を行って下さい。その際には、本学で身につけた自ら学ぶ態度を活かして、積極的に学び直して下さい。必要ならば、この母校の教育機能を利用されたらいかがでしょうか。
 皆さんが情熱を持ってこれからの社会で活躍されることを期待して、私の祝辞といたします。

平成25年3月20日

公立大学法人滋賀県立大学
理事長/学長 大田 啓一